"物が少ない"を実践する、私の考えの根底には「死」がある

物が少ないアイキャッチ

我が家は物が少ないです。

あらゆる収納はほとんど空きがあるし、テレビをつけないで会話をしたら、声が反響。インテリアらしいインテリアもなく、最低限の家具しか置いていません。

 

一人暮らしの頃から物は少なかったけど、これが最高に落ち着くのです。

 

物を増やさない理由

物を増やさない理由はいくつかあって、単純に「ごちゃごちゃしているのが苦手」というのもあれば、「Gが怖い」というのもあります。(北海道出身なので、Gとはほぼ無縁でしたが、今やいつ遭遇するかと怯える日々。とにかく隙間や隠れるところを減らしたい)

整理整頓や片付けは大好きだけど、掃除はたまーに面倒だと思うので、掃除が少しでも楽になるように、物を増やさないようにしている。これも理由のひとつです。

 

ただ一番の理由は、「私がいつ死んでもいいように、身の回りは常に整理しておきたい」ということ。

 

誰だって間違いなく死ぬのだから…

つい最近読んだ本で、メメント・モリ(死を忘れるな)という言葉に少しだけ触れていました。知ってはいたけど、改めて「そういうことだよな」と納得。私たちは必ず死にます。

「死んだ後は無なんだし、あとは生きてる人に全部おまかせ」ではなくて、「死後、残された人の手間が少しでも減るように、できるだけ身の回りをシンプルにしておきたい」というのが、いつしか私の考えとなっていました。

この考え方は、物だけが対象ではなく、例えば契約しているサブスクだったり、クレジットカードだったり、人間関係だったり…。そういった見えづらいものも常に整理しておきたいということなのですが、今回は割愛しますね。

 

いつでも「去る」準備はしておきたい

心はすでに軽い終活中なのでしょうか。でもどうしたって「物が少ない生活」の根っこにはこれがあります。物が多ければ死後の片付けや処分も大変だろうし、あれはどこだこれはどこだって、絶対なってしまうよ。

 

この世から去る時には、綺麗にすっきりと旅立ちたい。難しいことだけど、飛ぶ鳥跡を濁さずでありたい。

 

常に「死」について考えているわけではないので、現実的には「物がないと落ち着く・掃除が楽・部屋が広くなる・引っ越し料金が抑えられる」などの理由で、物を増やしたくないのだとも思います。

ただ、心の根底には、メメント・モリの考えがある、という感じです。

 

ちなみに物欲はそこそこあります。あるのですが、雑貨やインテリアではなく、化粧品とか良い香りのする柔軟剤とか、生活必需品に対しての物欲の方が強いかもしれない。

そして購入した後も必要性を感じなくなれば、すぐに手放すことができます。だって物が増えるのは好ましくないから。(家計的には×なので、改善したいところです)

 

生きるため、そしていつか迎える死のために、物は少ないほうがいい

今回のことについてまとめると、私の場合は、表面上の理由(現実)と内面上の理由(死)、このふたつがあって、結果として物が少ない生活に落ち着いている、ということでした。

今は夫婦ふたり暮らしだし、住まいも賃貸だからこうだけど、もしも子どもができたり家を買うなんてことがあったら、少なからず考えも変わるだろうと思います。

…けど根本の考え方はこのままな気もするなぁ。

 

最後に、夫に関して補足。夫はぬいぐるみが好きだったり、物が多い方が落ち着くらしいのですが、10年以上、ほぼテレビ・衣類・寝袋だけで生活していたので、どんな部屋だろうが快適なようです。

変にこだわりのある人じゃなくてよかった。